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所長室から

「次世代のハイテク・クラスター」
連載─その2

所長  今井 賢一  

京都府中小企業総合センター所長 今井 賢一氏 地方分権とか京都の問題は後に述べるとして、いま現象的に最も興味深く世界でも注目されているのは、グローバル都市「東京」のクラスターである。
 日本のアントプレナーの性格とイノベーションの特色からみて、そのあらゆる長所の面を発揮しやすいのは、実は東京圏なのである。

 まず、東京には経済、社会から文化に至るまでのあらゆる活動が集積しており、経済学でいう「外部性」、すなわち本来なら企業の内部でコストをかけて作られる知識や情報がコストをかけずに外部で獲得できたり、自然に伝播したりする効果が大きい。また、都市経済学者として評価の高いジェーン・ジェイコブのいう都市における混在の経済効果が著しい。例えば製造部門のすぐ近くにクールなデザインのラボが存在すれば、両者の新結合は自然に起こるであろう。「クラスター化」の第一条件を満たし過ぎるほど満たしているのである。

 第二に、シュンペーターのいう意味での「新結合」を担うのがアントプレナーであり、彼らはトップだけではなく、企業のあらゆる層に存在しているとすると、東京のように同型の組織が多数存在するところでは、良かれ悪しかれ、イノベーションのためのプロジェクトを組み易い。また、需要側の消費者にも相対的にレベルの高い中間階層が存在する。

 このような観点から東京圏の混在クラスターをみると、今後の世界都市の一つとして経済から文化に至る多元的なイノベーションのサイトとして十分な可能性をもちうるものとして実に興味深い。

 また、これらのクラスターにかかわる人材が東京に集中するのは、ある意味で当然のことであり、弁護士、会計士、弁理士、コンピュータ・プログラマー、各種コンサルタントなどの専門家集団が東京に集中しているのと同じ理由からである。つまり、これらの専門家は地方にいて距離が離れても仕事はできるが、問題が複雑になるほど複数の高度の専門家の判断を同時に必要とし、それらの人材の数は限られているので、どうしても皆が東京にオフィスを構えて、時間の有効配分をはかることが必要になる。とくに日本では、国際的問題に対応しうるその種の専門家が極端に不足しているので、必然的に東京集中が加速せざるをえない。

 このような観点からみると、知識・情報化への動きは、伝統的な意味での東京集中の要因、たとえば政治家や官僚との距離的近接性の有利さ、それに伴う本社機能の東京集中などを緩和するのではなく、むしろ加速するものと考えざるをえない。しかし、それはクラスターという観点からみた場合に、はたして望ましいことなのであろうか。当然のことながら、多層・重層のクラスターには、メリットもあればデメリットもあるし、またクラスターには超えねばならない臨界規模(threshold)とともに、それを超えると有利性を失う上限が存在するというのも、しばしば指摘されている経験的事実である。

 しかし、ここでそれらの議論に決着をつけることは困難なので、われわれのクラスターの議論をすすめるために、二つのシナリオを想定してみよう。すなわち、ひとつは図Aにおけるような極端な東京一極集中のシナリオであり、もうひとつは、われわれが実現可能と考える代替的なシナリオ図Bである。

 東京集中がもし図Aのような極端なかたちで起こるとすると、これからの知識社会型のクラスターを形成するために必要な高度サービス系の人材はほとんど東京に集まってしまうので、他の地域のクラスターにおいては、最も肝心な人材が極度に不足することになり、クラスターとしての最小の臨界規模を超えることができなくなる。そのとき、世界からみれば東京クラスターは魅力のあるものとなろうが、日本としては失うものがあまりにも大きい。すなわち、たとえば自動車クラスターはたんなる高品質・高機能の自動車生産基地に留まってしまうであろうし、たとえば東北大学の世界最先端の材料技術は、外国ユーザーの資金提供の受け皿になるだけかも知れない。

 スタンフォード日本センターがスタンフォード大学等と共同で行った調査において、それらのクラスターの現状と可能性をさぐってみたが、少なくとも図Bにおいて最上段の東京の下に並ぶ4地域(仙台、愛知、京都、福岡)に関しては、現状のデータから判断しても、21世紀の新しいイノベーション・クラスターたりうる十分な資格をもっていると考えられる。
(以下、次回)









 

図A 極端な東京集中シナリオ 図B 提案するシナリオ

注:aは、東京型の複合クラスターを指す。
  bは、特定の技術に焦点を定めたクラスターを指す。
  なお、図Bにおいてcとbとが組み合わされているのは、伝統とか独自文化に基づく東京とは異なる要素
  との複合を意味するためである。

今井賢一(いまい けんいち)
 1931年生まれ
 1953年一橋大学経済学部卒業
 同大学教授を経て1990年からスタンフォード大学教授に
 1991年にスタンフォード日本センターが京都市左京区に
 開設されるとともに理事長に就任(現在は理事)
 専門は産業組織論、企業行動論
 1995年 4 月から当センター所長

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