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「日本の将来はクールだ」
―米雑誌「タイム」8月11日号のこの記事をどう読むか―
前回のこの「所長室から」では、「人的資本と京都」という題で、京都に世界から人的資本を集めるには、なんとしても外国の人材が住みたいと思わせるような魅力を国内につくらなければならないのであって、その具体的な戦略を三つ例示し、その一つとして「ダグラス・マクグレイの話題の論文「グロス・ナショナル・クール」が書いているような「ポップミュージックから家電まで、建築からファッションまで、そしてアニメから料理まで、日本は80年代の経済パワーがなしとげた以上の文化的スーパーパワーを示している」という事実を、京都のシーンを使って「さりげなく」宣伝すること」の重要性を述べた。
本稿では、その説明をかねて、その続きを書いてみたい。というのは、前回の紙面では、「グロス・ナショナル・クール」という言葉の説明をする紙幅もなかったし、そのため上記の論点がやや唐突であったので、それを補足したいと考えていたところ、たまたま雑誌「タイム」のアジア版の8月11日号のトップに”What's
Right with Japan”という記事が出て、外国における日本観察者のなかには、「グロス・ナショナル・クール」を強調する日本経済論が台頭しつつあることを知ったからである。
「グロス・ナショナル・クール」(Gross National Cool)とは、「グロス・ナショナル・プロダクト」(Gross
National Product)に対応してつくられた用語であり、後者は「国民総生産」の意味であり、GNPという略語でかつて毎日のように日本の新聞紙上に登場した。そして新しく登場した前者は、最後の「プロダクト」を「クール」という言葉に置き換えたもので、GNPに対する略語をつくればGNCとなろう。
ところでこの「クール」という言葉の現代用語上の意味は、若者用語で「かっこいい」「いけてる」というような語感として用いられており、われわれ世代の者にはその語源的な背景がなかなか理解しにくい。オックスフォードの英語辞書でみても”Cool”という言葉の意味は、常識的感覚の「暖かさと冷たさとの中間」、つまりクールな気候という意味から始まり、それが人間関係やものの見方にかかわると、彼はつねにクールだとか、クールな意見だというような意味になり、いずれも激情と冷淡の中間という種類の意味である。
ところが『最新英語情報辞典』などをみると、そういう伝統的な意味はすっとばして、いきなり米国の俗語として、「かっこいい」「いかす」「さめていてかっこいい」「はんぱじゃない」「心得ている」「きざっぽくない」というような訳語が出てくる。いま使われているクールは、まさにそういった意味であり、日本のアニメだとかポップ・ミュージックだとか、デザイン・ライフスタイルマガジンすべて「かっこよく、いけてる」というのである。とくにアジアでは、若者の「トレンド・セッター」になっている
。
現代用語の詮索はその道の専門家にまかせるとして、前述のタイム誌は経済学者の私にとって実に興味深い統計を紹介している。すなわち、今述べた「クール」にかかわる日本の文化的輸出、即ちメディア、エンターテイメント、ライセンシング、およびそれらの関連産業の世界に対する輸出はこの10年間になんと3倍に伸び、125億ドルの水準に達している。日本全体がゼロ成長に近いところで低迷した期間、つまり失われた10年間に3倍成長というのは驚くべき数字である。これに対してものをつくる製造業の輸出は同じ10年間にわずか20%しか増加していないのである。(この統計は、タイム誌が丸紅経済研究所所長の杉浦勉氏の資料を引用しているものである)。
前述のGNP対GNCの文脈でいえば、GNCの圧勝である。その解釈について、タイム誌の見出しの趣旨を少し意訳し補足してみると、「日本のサラリーマン物語りや、格子に閉じ込められた政治や、ゾンビ企業のことは忘れよう。日本はアジアの「文化面でのダイナモ」になろうとしているのだ。
―その将来はまさにクールである」ということになる。
私自身の意見としては、このGNC説には共感するところが多く、スタンフォード日本センターでこの種の問題を研究している中村伊知哉氏に声援を送っているのだが(同氏の発言は今回のタイム誌の記事にも引用されている)、日本経済全体としては、伝統的な意味でクールに、つまり冷静にこの問題を見つめていく必要があると思う。というのは、タイム誌も用心深く注意を喚起しているように、たしかに成長率の比較ではGNCの勢いはものすごいが、規模の点でみると日本のGNPは約4兆ドルという巨大なものであるから、現在のGNCの規模自体は、ごくごく僅かな比率を占めるにすぎない。伸びる勢いに注目すること、アジアにおける文化面での「トレンドセッター」の役割を果たしつつあることの意義は強調すべきだが、それだからといって「製造業の時代は終わった」とか「ものづくりよさようなら」というような議論はすべきではない。
両者が共存しなければ、経済大国になっている日本経済は維持できないのであり、GNCで日本人全体が食っていくこともできないのである。大事なことは、「ものづくり」も「クール」なものに生まれ変わること、つまり世界の人びとに「はんぱじゃなくて、かっこいい」と思わせるような製品をつくることである。これからの中小企業は「クール」なデザインを取り入れるべきである。
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