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研究報告

環境対応機能性フリットに関する研究


中小企業総合センター技術支援課専門員  矢野秀樹 
酒井硝子株式会社部長(兼研究室長) 森 秀次
ナカガワ胡粉絵具株式会社社長 中川晴雄
京都府特別技術指導員 山本徳治

1 はじめに

 絵画や陶芸等の工芸美術界では、戦後、陶磁器用フリット絵具のような高鉛ガラスをベースとした高含鉛絵具(日本画では新岩絵具)が大量に使用されその普及が広範囲に及んでいる。しかし最近、大気汚染物質である亜硫酸ガスや窒素酸化物の影響で、これら絵具に含まれる鉛成分が反応して変質すると言われ、その詳細解明・対策が急務となっている。センターでは、ここ数年、高化学的耐久性フリットや同絵具などに対する環境汚染ガスの影響について検討しているのでその一部を紹介する。

2 日本画絵具と研究試料

2.1 日本画絵具の製造過程と研究試料の作成


 日本画絵具の製造に使用される原料は、大別すると天然の着色岩石と人工の着色硝子塊(通称新岩)である。この研究で対象としたのは、人工の着色硝子塊(新岩)に使用される硝子フリットである。なお新岩絵具の一般的製造過程(プロセス)は、図1のように
(1) フリットと金属酸化物(顔料)を合わす混合過程
(2) 電気坩堝中で800〜1000℃に加熱して硝子ー顔料混合焼塊(新岩)を作る焼成過程
(3) 新岩を粗、中、微砕する粉砕過程
(4) 粉砕過程で混入した磨耗鉄粉を除去する除鉄過程
(5) 沈降の原理を応用して10段階の粒度に分別する水簸分級過程
(6) 水簸分級した絵具粒子を水洗する水洗過程
(7) 水洗した絵具粒子を乾燥室で乾燥する乾燥過程
(8) 乾燥した絵具を、粒度測定器、色差計、肉眼で検査する品質検査から構成されている
この報告での研究試料は、以上の新岩絵具の製造方法に準じて作成した。

図1 日本画(新岩)絵具の製造過程(プロセス)
図1 日本画(新岩)絵具の製造過程(プロセス)

2.2 日本画(環境対応機能性フリット使用)絵具描画試料の亜硫酸ガス反応について


2.2.1 目的
 平成9〜10年度の高化学的耐久性絵具等の亜硫酸ガスに対する反応特性に関する研究において、陶磁器絵具用に開発した高化学的耐久性フリット(組成)が、耐ガス(亜硫酸ガス)に極めて有効であるとの知見を得たので、本研究では、高鉛の高化学的耐久性フリット組成を基本とした日本画絵具(環境対応機能性フリット絵具)を試作し、これを用いて日本画の所定の手法によって描画した試料を作成し、その耐亜硫酸ガス特性を検討した。

2.2.2 実験方法
1)評価用試料について

 亜硫酸ガス試験に用いた試料は、19種類の顔料と高化学的耐久性フリットを使用して試作した同数の環境対応機能性日本画試作絵具で描画した試料であり、描画試料の寸法は、試作絵具では、各々2cm×5cmである。それらは、一枚の大型の和紙上に作成し、亜硫酸ガス試験では、その一部を切り出して試験用試料とした。
 研究で用いた試作絵具は、図1の製造法に準じて表1に示す基本組成の高化学的耐久性フリットに顔料を約5%添加することにより作成した。

表1 絵具の試作に用いた高化学的耐久性フリットの基本組成
 フリット成分  PbO SiO2 Al2O3 B2O3 Li2O ZrO2 SUM
 含有量(mass%)  56.4 34.2 2.1 3.1 1.6 2.6 100.0

2)評価用試料の作成方法
 評価用試料としては描画試料を適当なサイズ(30×30mm)に切断し、それをアクリル板上に両面テープで固着して亜硫酸ガス試験用試料とした。

3)亜硫酸ガス処理と評価方法
 この研究では、亜硫酸ガス処理のために、山崎式定流量型IEC規格準拠耐ガス試験器を用いた。亜硫酸ガス処理の条件は、SO2濃度を20(ppm)に設定し、反応温度30(℃)、湿度98(%)、処理時間を144(時間)とした(0.015ppmの亜硫酸ガスへの24時間/日の暴露で約22年間に相当)。また、ガス処理による試料の評価は、測色試験装置(日本電色(株)Z−Σ80)を用いた。写真1にガス処理試験装置を示す。
写真1 ガス試験器(センター設置)の外観 (ガス試験槽)
写真1 ガス試験器(センター設置)の外観 (ガス試験槽)

2.2.3 実験結果と考察
1) 亜硫酸ガス処理による試作絵具描画試料の呈色変化について
 亜硫酸ガス処理における試作絵具(環境対応機能性絵具)描画試料の呈色変化を表2に示す。

表2 亜硫酸ガス処理における試作絵具描画試料の呈色変化
表2 亜硫酸ガス処理における試作絵具描画試料の呈色変化

図2 亜硫酸ガスによる試作絵具描画試料の変化(明度L)
クリックすると拡大図が表示されます。


 表2から亜硫酸ガス処理によって、試作絵具描画試料の明度(L)、ハンター白度(W)は、明るくなる傾向にあることが分かる(図2)。変動の大きさは、明度(ΔL)が平均1.61であり、明るくなる方向に変化している。しかし試作絵具描画試料の色度(a,b)の差は極めて小さい。色度の変動値(Δa:赤(+)〜緑(−))は平均−0.41であり、色度の変動値(Δb:黄(+)〜青(−))は平均−0.43といずれも小さい値となっている。すなわち亜硫酸ガス処理によって、試料の色度は殆ど変化しないこと、またガス処理による試作絵具描画試料の呈色変動の全体的傾向として明度(L)は、幾分明るくなる傾向にあるが、色度(a,b)については殆ど変動しないという結果となった。
 写真2に亜硫酸ガス試験用試料(試作絵具描画)の外観を示すが、肉眼的には未処理試料との間に明確な変色は認められない。
 次に表2のデータを用いて顔料の色別に整理した試作絵具描画試料における亜硫酸ガス処理による呈色別の変動値を表3に示す。

表3 亜硫酸ガス処理における試作絵具描画試料の呈色変化
写真2 亜硫酸ガス処理における試作描画試料(NO.付与のもの)
写真2 亜硫酸ガス処理における
試作描画試料(NO.付与のもの)

 表3から、全色の明度変動(ΔL)の平均値1.59を基準に各色別の諸値を比較すると、明度の変動は「紺」と「紫」色系統の試作絵具が大きく、「黄」「橙」色系統の試作絵具の変動は小さいこと、また各色の変動の大きさ(絶対値)については「紺」、「紫」、「茶」、「黄」、「橙」色系統順に小さくなることがわかる。

2.2.4 まとめ

 高化学的耐久性(環境対応機能性)絵具描画試料の亜硫酸ガスに対する反応特性に関する研究の結果、(1)試作絵具描画試料の明度(L)、ハンター白度(W)は、明るくなること、(2)試料の色度は、殆ど変化しないこと、(3)色種によって変動が異なり、各色の変動の大きさ(絶対値)は、「紺」、「紫」、「茶」、「黄」、「橙」色系統順に小さくなること、(4)明度の変動(ΔL)については、小さく安定傾向にあること、(5)また、試作絵具(描画)の呈色変動は小さく、肉眼では殆ど見分けがつかないレベルのものであることなどがわかり、陶磁器用に開発した高化学的耐久性フリット(組成)が、日本画用の亜硫酸ガス耐候性に優れた環境対応機能性フリット絵具の製造に活用出来ることなどが結論できた。

2.3 日本画(環境対応機能性フリット)絵具描画試料の窒素酸化物ガス反応について

2.3.1 目的

 2.2の亜硫酸ガス研究に続いて、高化学的耐久性フリット組成を基本とする日本画絵具(環境対応機能性フリット絵具)を試作し、これを用いて日本画の所定の手法によって描画した試料を作成し、環境汚染物質の一つである二酸化窒素ガスに対する耐ガス特性を検討した。

2.3.2 実験方法
1)評価用試料について
 窒素酸化物ガス試験では、亜硫酸ガス試験と同様に19種類の顔料と高化学的耐久性フリットを使用して試作した同数の環境対応機能性日本画試作絵具で描画した試料を用いた。研究における描画試料の作成方法は、日本画の描画手法に準じて、日本画用の一枚の大型の和紙上に作成した。窒素酸化物ガス試験では、その一部を切り出して評価用試料とした。
2)窒素酸化物ガス処理と評価方法
 窒素酸化物ガス処理条件は、高純度の二酸化窒素ガス(NO2)を用い、NO2濃度10(ppm)、反応温度30(℃)、湿度98(%)、処理時間を96(時間)である。色度の変化は、日本電色(株)Z−Σ80測色試験装置(反射法)を用いて評価した。

2.3.3 実験結果と考察
図3 二酸化窒素ガス処理における試作絵具描画試料(明度L)の変化
クリックすると拡大図が表示されます。


1)窒素酸化物ガス処理による試作絵具描画試料の呈色変化について

 窒素酸化物ガス処理による試作絵具描画試料の呈色(明度(L))の変化を図3に示す。図3から分かるように、試作絵具描画試料の明度(L)は、窒素酸化物ガス処理によって低下する傾向にある。この変化の大きさは、平均−0.75であり、またハンター白度の変動(ΔW)は、平均−1.11であって、それぞれ(−)方向すなわち暗くなる方向に僅かに変化している。
 色度の変動は、色度(Δa:赤(+)〜緑(−))は平均−1.01と小さいが、色度(Δb:黄(+)〜青(−))については、平均3.97と大きくなっており、特に紫、紺色絵具の変動が大きく、窒素酸化物ガス処理によって色度は変動する。
 すなわち試作絵具描画試料の呈色変化の傾向として、明度(L)は幾分暗くなる傾向にあるが、その変動の大きさは小さく、色度(a,b)については、色度(a)は変化しないが、色度(b)については黄色方向に変化するという結果となった。

2)試作絵具に用いた膠(にかわ)の影響について
 絵具の試作に用いたフリット(高化学的耐久性フリットのみ)に1%CMC水溶液を添加して練りそれで描画した試料と、フリット(同)を通常の膠液(天然)で練り描画した試料に対する二酸化窒素ガスによる呈色の変化を検討した。その結果を表4にしめす。表4からわかるように1%CMC水溶液で描画した試料の呈色の変化は、未処理試料と比して(ΔL:0.29 Δa:−0.54 Δb:−1.54)と、その色度の変動は小さいが、膠液で練り描画した試料では、(ΔL:0.32 Δa:−3.50 Δb:17.76)と大きな色度変動(特にΔbは17.76)となった。すなわち本来白色を示すフリット描画試料が、膠で描画した試料の場合では、茶黄色に著しく変色した。このことは、描画試料の絵具粒子を被覆する膠が二酸化窒素ガスの影響を受けて変質し大きく変色することを意味している。

表4 二酸化窒素ガス処理におけるフリット呈色の変化
NO.  試  料  ガス処理による変動
△L △a △b △W
1  フリット(1%CMC水溶液付与描画) 0.29 -0.54 -1.54 0.76
2  フリット(滲液付与描画) 0.32 -3.50 17.76 -14.99

3)まとめ
 試作絵具描画試料に対する二酸化窒素ガス処理試験の結果、(1)試作絵具描画試料の呈色変化の傾向として、明度(L)は幾分暗くなる傾向にあるが変動の大きさは小さく、色度(a,b)については、色度(a)は変化しないが、色度(b)については黄色方向に変化する。(2)二酸化窒素ガスに対する高化学的耐久性フリット自体の呈色変化は軽微であるが、描画試料に用いられた膠等の有機物の呈色変動が大きく影響して、特に色度(b)に大きな変動を与える。Bこの研究では膠を用いて作成した描画試料を対照とした関係上、絵具自体の呈色変化に対する膠等の絵具に付与された有機物の変化を考慮する必要があり、今後、それらの影響が考慮可能な方法で二酸化窒素ガスの影響を検討する必要がある。
 絵具や絵画に悪影響を与える環境汚染ガスには、この研究で用いたような主要汚染ガス以外にも硫化水素のような有害ガスも考えられ、今後、それらの影響についても検討する必要がある。

(参考文献)
(1) 矢野秀樹・森・山本・中川・浅井・矢野(博): 京都府中小企業総合センター技報NO.29 P.36-50(2001)NO.28 P.56-67(2000)他
(2) 菅井裕子:元興寺文化財研究所「創立三〇周年記念誌」P.157-160(1997年12月4日)
(3) (株)山崎精機研究所ガス腐食試験装置カタログ


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