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研究紹介

凍結により発生した超高圧とその利用

早川 潔、上野義栄、河村眞也

1. はじめに
 全く新しい発想というものはなかなか思いつかないもので、大抵は分かり切った事象の組み合わせか、分かり切ったことを裏側から見直してみたものが多い。これから述べようとすることは誰もが知っていることを裏側から見た典型的な事例といえる。
 そもそもの発端は冷凍庫でガラス瓶が割れたことである。1気圧のもとで氷点下にすると水は凍結により膨張する。液を充填し密栓したサンプル瓶を冷凍庫で凍結させると割れるのは、水の体積膨張によるものである。これに類する現象は身近で頻繁に起こっており、実験研究の場だけでなく日常生活も含めて多くの人が体験している。
水には気体、液体、固体の三つの状態があり、温度と圧力によって決まる。有名な水の相図である。水を低温にするとやがて氷になる。少し加圧すると氷は溶けるが、温度をさらに下げると氷ができる。このようにして水と氷の共存曲線が描けていく。スケートで氷の上を抵抗なく滑ることができるのも、刃の圧力で氷が溶けて刃と氷の間の摩擦が少なくなるという、この原理を応用したものといえる。さらに加圧と温度降下を続けると、やがて、圧力約200 MPaを超え、温度約−22℃以下では全てが氷(固体)となる。このことは物理化学を学んだ者は誰もが知っていることである。
 「凍る」という現象に関して、経験上の知識と教科書上の知識をもとにねばり強く考えてみる。凍結により、瓶や管はなぜ割れるのか? 内部に強い圧力が発生しているからである。それでは逆に、割れない頑丈な容器を用いれば容器内部には強い圧力が生じるのではないか? 割れない頑丈な容器ははたして存在するのか? 水の体積膨張力は有限であるのでそれに耐え得る頑丈な密栓容器は必ず存在する。その容器を用いれば容器内の氷の膨張はどうなるのか? 容器が割れない場合、内部の液体(あるいは固体?)はどうなるのか? 容器は内部の氷の膨張に耐えているので圧力が発生しているに違いない。発生する圧力は? これは加圧ポンプによらない新しい圧力発生法ではないのか? これらのことは水の相図を裏側から眺めた疑問に他ならない。

2. 耐圧容器内での水の冷却と圧力の測定
 凍結している物の圧力を測るのはむつかしい。凍結によって圧力は発生するが、圧力計の圧力伝達管内が凍結してしまうと圧力は伝わらず測定できない。発生している圧力の測定には一工夫を要した。装置と実験は一式全て、京都大学の林力丸先生の研究室で行った。
 耐圧容器の中に水で膨らましたゴム風船を入れ糸で縛り、その周囲と圧力計につながる管の中を不凍液であるエタノールで満たし、密封して−30℃の恒温槽で冷却した(図1)。予想どおり冷却開始15分後から圧力は発生し、増大した。この実験装置では最大圧力140 MPaが測定された(図2)。圧力がBridgman1)の水・氷の平衡曲線での理論値である200 MPaに到達しなかったのは水5.2に対して不凍液としてエタノール1の比率で用いたからであり、このエタノール量を減少させることにより理論値に近似してくると推定された。さらにその後(株)テラメックスに装置試作を依頼し、その協力のもと、水の状態図から得られる理論値に近い206 MPa(−22℃)が得られた。なお、凍結により圧力を発生させる方法を凍結昇圧法と名付けた。

図1 圧力発生の測定装置
図2 密封容器中での水の温度と圧力の関係
---,Bridgmanの水・氷の平衡曲線
● ,凍結昇圧法での実測値
3. 各種微生物懸濁液の凍結昇圧処理
 種々の微生物について凍結昇圧処理による殺菌効果を検討した(表1)。その結果、密封容器内で−20℃に24時間保つことにより、S. cerevisiae IAM 4274、Z. rouxii IAM 12880、L. brevis IFO 12005、E. coli IFO 3972、 A. oryzae H-3、A. niger IFO 9455 の生存は認められず、S. aureus IFO 13276は生存率の大きな低下が認められた。
 この凍結昇圧処理による微生物の致死要因としては、氷点以下での低温効果と加圧効果とが考えられる。しかし、開封容器では酵母を同様に低温処理したときには高い生存率が得られている(表1)ので、低温自体は主要な致死要因ではないと考えられる。したがって、凍結昇圧処理での生存率の低下は、氷点下冷却に伴う氷生成で発生した圧力によるものと考えられる。この圧力は前述のように約200 MPaに達する。低温での加圧殺菌については、Hashizumeら2)が酵母懸濁液を氷点下の低温で加圧すると酵母の死滅率が飛躍的に増大すると述べている。この凍結昇圧処理による致死作用では圧力による作用と共に低温による作用も同時に受けるので、両者の相乗効果により大きな致死作用が発現するものと推定される。

表1 凍結昇圧法による微生物の殺菌

Microorganism Cells/ml
Initial Open vessel Sealed vessel

 S. cerevisiae IAM 4274 4.2×107 4.2×107 ND
 Z. rouxii  IAM 12880 5.6×107 3.5×107 ND
 L. brevis  IFO 12005 6.5×108 2.1×108 ND
 E. coli  IFO 3972 3.8×105 5.2×104 ND
 S. aureus IFO 13276 9.0×106 6.9×106 7.2×102
 A. oryzae H-3 6.8×105 2.5×105 ND
 A. niger IFO 9455 2.2×105 6.7×104 ND

−20℃、24時間処理

4. まとめ
 水を充填した密封容器を0℃以下に冷凍庫中で冷却すると、圧力が発生した。密封容器内の圧力は以下のような方法で測定した。密封容器中には水の入ったゴム風船を入れ、風船の周囲の空間と圧力計への接続チューブ内に不凍液のエタノールを充填し、容器全体を冷却した。密封容器内の水とエタノールの容積比が 5.2:1 の時に容器内の圧力は−5℃で60 MPaに、−10℃で103 MPaに、−15℃で140 MPaに達した。さらに、不凍液のエタノールの比率を減少させることにより理論値に近い、−22℃、206 MPaが得られた。この方法で酵母や細菌類の不活性化を検討したところ、−10℃以下で酵母S. cerevisiae IAM 4274とZ. rouxii IAM 12880は生存率が10−6以下となり、高い殺菌効果が得られた。また、乳酸菌L. brevis IFO 12005、大腸菌E. coli IFO 3972およびカビ A. oryzae H-3とA. niger IFO 9455についても同様の効果が得られたが、黄色ブドウ球菌S. aureus IFO 13276 については10−4に生存率が低下したが、生菌が見られた。今後、凍結昇圧処理に耐える大型容器を開発すれば、この方法は食品や生理活性物質の製品の殺菌、細胞成分の抽出や食品への調味液の浸透等についても利用できる可能性がある。
 以上の研究に関連して発表した論文等を参考文献3〜6)に示す。また、これらの結果は、平成10年8月30日から9月3日にハイデルベルグで開催された高圧バイオサイエンス&バイオテクノロジー国際会議において京都大学大学院農学研究科 林 力丸教授、(株)サンコンタクトレンズ、(株)テラメックスとの共同研究として発表した。
参考文献
 1)
P. W. Bridgman, Water in the liquid and five solid forms under pressure, Proc. Amer. Acad. Arts Sci., 47, 466(1912).
 2)
C. Hashizume, K. Kimura, and R. Hayashi, Kinetic analysis of yeast inactivation by high pressure treatment under low temperature, Biosci. Biotech. Biochem., 59, 1455(1995).
 3)
早川 潔, 上野義栄, 河村眞也, 特許出願:第169575,(1997).
 4)
K. Hayakawa, Y. Ueno, S. Kawamura, T. Kado, and R. Hayashi, Microorganism inactivation using high pressure generation in sealed vessels under sub-zero temperature, Appled Microbiology and Biotechnology, 50, 415(1998).
 5)
早川 潔, 上野義栄, 河村眞也, 嘉戸朋之, 林 力丸, 高圧生物科学と高圧技術, 鈴木敦士, 林力丸編, さんえい出版, 1997,pp.179.
 6)
玉岡恭子, 森下 誠, 松本雅光, 河井昭治, 早川 潔, 林 力丸, 高圧バイオテクノロジー, 功刀 滋, 林 力丸編, さんえい出版, 1998, pp.233.

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